2019年7月27日土曜日

2017年のヒマラヤ遠征の記録



https://www.finetrack.com/funtotrack/post-30647/


https://peak-aid.or.jp/report/2017/11/post-136.html




第12回日中韓3国学生交流登山

日程:2018727日~82

場所:中国 青海省 祁連(チーリェン)山脈 崗什卡(ガンシカ)雪峰周辺

参加者:スミ、他7名(日本隊)

 

日本・中国・韓国の山岳系の活動を行っている学生が登山を通じて交流を図る日中韓3国学生交流登山。今年は日本大学3人、青山学院大学1人、立教大学1人、同志社大学2人と隊長(世話役)でナカヤマさんの計8人で、中国青海省の祁連山脈の崗什卡雪峰における氷河での登山訓練と衛星峰(5005m)の登頂を目指した。

 

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西寧にて現地集合のため、参加者各々で安い航空券を探し搭乗。私とウノさんは日本大学のメンバーとほぼ同じ航空便となった。もちろん格安の航空便であるため西寧までの直通便ではない。この日は福州の空港で泊まる。

 

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夕方ごろ西寧に到着。空港に車でのお迎えがありホテルまで案内していただく。案内されたホテルは入室と同時にカーテンが自動で開いたり、ガラス張りのシャワーが備え付けられていたりする類のものであり、想像を超えるおもてなしにほおが緩んだ。

夜には日中韓のメンバー揃い踏みで盛大な歓迎パーティーが催された。適当な英語でお茶を濁しつつ国際交流感溢れる雰囲気を楽しむ。

韓国隊の女の子が滅茶苦茶かわいかった。

 

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祁連山脈は青海省と甘粛省の境界にある山脈で、チベット高原の北東縁をなす。酒泉県南方にある主峰・祁連山(5547m)をはじめ5000m峰数座を数え、高山地帯には万年雪と氷河の形で水を蓄える。山地から流出する多くの川が、山麓に点々とオアシス集落を成立させる。南麓が「草原のチベット」と言われるアムド地方の北縁であると同時に、モンゴル高原側の北麓には河西回廊があり、さらにその北側に長城が連なる(日本山岳会会報『山』No.880より引用)

夜明け前にチャーターしたバスへ乗り込み登山口(3800m)へ。標高を上げていくにつれ樹木は周りから消え、岩肌を露出させた山々をバックに羊が草を食む牧歌的な風景が車窓からの眺めを彩る。5時間ほどで登山口に到着した。

ここからは各自荷物を背負って歩くが、大きい荷物は馬が運んでくれた。

ベースとなる小屋まで2時間ほどのアプローチだったが、日本では味わうことができないなんとも大雑把な地形が延々と広がっている風景はかつて訪れたヒマラヤを彷彿とさせるものがあった。このような自然の永遠偉大性は自分が所詮取るに足らない有機物だということを思い出させてくれる。

小屋は非常に立派なものであった。5.60人は余裕で収容できそうな大広間に、二段ベッド完備の寝室、やや清潔なキッチン、朝夕のビュッフェコーナー、お湯ポットなど。しかし、学生は外でテント泊をすることになっていたのであった。

 

7/29

小屋から見える崗什卡雪峰の麓の氷河約4500m付近で歩行練習を行った。氷河の上は融雪が進んで黒々としており、やけに鳥の死骸が多かった。滞りなく終わったが、滑落停止訓練を行う前に滑ったら数百mは止まらないであろう斜面で歩行練習をするのはいかがなものか。

この日の晩、中国隊のリーダーより最終日(31)崗什卡雪峰にアタックするため各国2名ずつアタックメンバーを選出するようにとのお達しがあった。事前の計画では崗什卡雪峰の衛星峰に全員で登頂することになっていたので、どの隊も騒然となった。日本隊は一発勝負のじゃんけんで私と立教大学の1人の二人がアタック隊に決まった。

 

7/30

29日よりも氷河を詰め、4600m付近で滑落停止訓練とFIX通過の練習を行う。FIX通過訓練はコの字型にロープを張って、登高、トラバース、下降の練習を行った。滑落停止訓練では40度くらいの斜面を色々な態勢で何度も滑落し、その度にピッケルで停止した。

昼まで真面目に雪上訓練を行った後、衛星峰(5005m)にアタックを行った。氷河をつないで緩い斜面を登高していき、途中からはクレヴァスの危険回避のためFIXロープを辿っていく。FIXロープは中国隊があらかじめ設置しておいてくれたようだ。最後の50mほどは25度くらいの斜面になり、それを越えると頂上であった。登り始めてから3時間ほどであった。

夕飯後、各国の登山文化について発表する機会があった。日本隊は総じて英語が苦手であり、ひどい発表だったと後に中山さんに苦言を呈された。その上、私の用意した一発ギャグは残念ながら各国の人々に理解していただけなかったようだった。

 

7/31

表層の雪が凍りついてしまい全てのFIXロープを掘り出すことができなかったこと、落石が頻発していること、午後から天気が崩れること、などを総合して判断し、結局崗什卡雪峰の対面にあるもう一つの衛星峰(4800m)へ全員でアタックすることになった。

途中中国隊の1人が意識を失い痙攣しはじめたため、離脱。高度障害によりここ二、三日調子が良くなかったようだったが、無理してしまったようだ。結局無事だったのだが、かなり心配した。

アイゼン・ピッケルを使用したのは尾根にとりつく直前の氷河を横断する際の300mと、山頂への最後の登りの標高差50mの登高だけであり、ほとんどはガレた岩場歩きであった。

下降中、予報通り雨が降り出す。特に下山の際の少し増水した川の渡渉が今回の中国での遠征で最も手を焼いた。韓国隊のかわいい女の子たちも雨やら渡渉やらで全身濡れてしまって大変そうであった。

 

8/1

小屋から1時間ほどであっけなく下山。

夜には打ち上げパーティーが盛大に行われた。各国何か催すことを課される。私は日中韓の合同グループでPSYのカンナムスタイルを踊り、日本隊としてはちょっとした時代劇を行った。特に時代劇はなかなかウケが良かった。一方、青山学院大学の奴が私や他の日本隊を出し抜いて韓国隊のかわいい女の子と踊りだした時は正直ショックだった。

レストランでの飲み会後、ホテルで学生だけの二次会が開かれた。トランプなどで盛り上がり、最後の最後で韓国隊のかわいい女の子から頬にキスをいただいた。

 

8/2

日本に帰国。

 

結果として、4800m5005m2つの衛星峰に登頂することができ、充実した7日間となった。また山登りを通じて国際交流を行うという点においても、非常に有意義な時間だった。苦しい登山の時間を共有し、1日の終わりには小屋の中で夕飯を食べながら苦労をお互いに労い、下界では酒を飲んでバカ騒ぎする。この過程において言葉の壁は感じざるを得なかったが、国籍の壁は感じなかった。貴重な体験だった。

最後に、今回ヘルニアを押して隊長を務めてくださったナカヤマさん、本当にありがとうございました。





本当にあった怖い話 〜香落渓の謎谷①②"行動の滝の前衛滝(60-70?m)"登攀〜

日程:2019年7月21日
参加者:コサカ(L)、スミ
山域:香落渓 行動の滝(のある謎谷)〜謎谷





もう引き返せない。



このスラブを登り切るか、落ちるかの二択しか私には残されていない。




ランナーは地上4m地点にあるしょうもないクラックに取ったカムのみ。それに対して私は今少なくとも地上15m地点にいる。




あの木に・・・。7m先にあるあの木に支点が取れればどれだけ幸せだろうか・・・。木の枝が滝の瀑風で妖しげにゆらめいている。届かない。




下を見ると、コサカさんはカメラで私を撮影している。この状況でビレイは意味を持たないが、そこにはビレイする意思も感じられない。




ふくらはぎがパンプアップしてくる。




とにかくこの状況をなんとかしなければならない。



スローパーカチの最適な入力ポイントと足のフリクションを確認し、想定ムーブを反芻する。



スタート:嫌がらせとしか思えないほどぬめっているスローパーカチ。足はフリクションを信じる。




1手目:落ち葉と苔を掘り起こして探し出したダイク状ホールドに足を100°広げて突っ張る。




2手目:スローパーカチを全力で引き付けて体を引き上げる。




3手目以降:アドリブ



左横ではザアザアと無機的に水が流れている
息を吸って、両腕に力を込めた。











白石谷(クリヤ谷?)"布ヶ滝(25-35m?)"登攀

日程:2019/07/20 曇時々雨
参加者:コサカ(L)、スミ

先週偵察した布ヶ滝を登った。



滝壺に大木が残置されており、取り付き易くなっている。
左岸の最初のフレークまでは適当にフリーソロ。

1p目10m:コサカ
フレークと滝との間にクラックが生じており、そこを辿る。クラックを抜けると何でもない階段。その先にまたフレークがあり、2番カムが極まる。そこを終了点とした。

ビレイ中ふと下を見るとピトンが打ち込んであった。ネット上には記録は見当たらないが、やはりこれだけ目立つ滝は登られているのだろう。

2p目20m:スミ
フレークを左側に直上するのが美しいラインだが、足を置ける場所がが全く無い上にクラックが途中から消滅しており私には無理だった。ボルトラダーならいけるが…。というわけでフレークを右から巻く。ドロドロでホールドを掘り起こしながらの少し悪い登攀を強いられる。あまり落ちる気もしないが10mほどランナウト。大木でランナーをとり最後の3m直瀑の裏を横断して右岸の木で終了点とした。

3p目10m:コサカ
滝は実質終わっているが、安全地帯まで一応ロープを出す。

滝の上流にはそこはかとなく神秘性を帯びた控えめな花崗岩の連瀑か続いていた。 


(2p目出始め)



(今回のライン)

(布ヶ滝の上流)

比良山系白滝谷と布ヶ滝偵察

日程:2019614
参加者:マノ(L)、スミ、他11



ピチピチの現役くん達と沢登り。1回生は初めての沢登りで私にとっては1回生との初めての山行でした。白滝谷はかなり増水していたのと、1回生のスピードが遅かったのとで半分も遡行できませんでしたが、流心縛り遡行するとかなりの水圧で大変楽しかったです。
少し布ヶ滝を偵察した後、下山。
表比良側へ抜けて志賀駅まで。

最近は登攀ばかりだったので久しぶりににまあまあ歩いて疲れました。


楊梅の滝"雄滝(40-50m)"登攀

日程:2019/07/13
参加者:コサカ(L)、スミ


楊梅の滝の雄滝を登った。
私にとっては2ピッチ以上の滝の登攀は初めてだった。水量多めと思われる。

1ピッチ目:スミ
1箇所水量と真っ向勝負の箇所があり持っていかれそうになる。右岸の木で終了点。

2ピッチ目:コサカ
でかいフレークを乗っこさなくてはならず、これが2p目核心。コサカさんが10年前に人工で登った際に残置したナッツが未だに残っていることに感激していた。今回はフリー突破。右岸の木で終了点。


大滝登攀、面白い。ヌメリと水流と苔と寒さと渾然一体となり登る情緒ににアウトローな快感がある。「乾いた岩?あー、楽しそうでいいね(うら寂しそうな目と諦観)。」とか言ってしまいそうである。

コサカさんは午後からの時給1万円のバイトに遅刻した。

                  

2019年6月26日水曜日

白馬岳突坂尾根からの杓子岳双子尾根からの白馬鑓ヶ岳北陵

山域:北アルプス 白馬三山

ルート:突坂尾根~白馬岳~杓子岳~白馬鑓ヶ岳北稜~白馬鑓ヶ岳~猿倉

日程:2018年4月27日()~5月2日()

参加者:Lスミ、マノ、カワジリ、キタノ、カネコ、サイトウ

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きっかけ


ある事故報告書を読んでいて初めて「突坂尾根」を知った。白馬岳から黒部峡谷へと延びるその尾根を地図で見て、その長大さ、秘境性にとても魅力を感じた。調べてみると昔はそれほど珍しくもないルートであったようだが、近年の記録はかなり少ない。GWはここに行こうと前々から考えていた。

突坂尾根だけではさすがに味気ない。今年の冬山の集大成の合宿でもあるので、登攀を混ぜたいが、白馬岳主稜はありきたりすぎていてあまり面白くないし、せっかくサイトウさんついてきてくださるのだから少し攻めたルートを行きたいなあ…。などと考えながら、登山体系を見ていると、「白馬鑓ヶ岳北稜」が目に入った。これはいい。白馬岳主稜のより人が入っていなくて、より難しいバージョンのルートである。登り甲斐がありそうだ。

こうして、突坂尾根から白馬岳へ抜け、杓子岳まで縦走。そして白馬鑓ヶ岳北稜を登り白馬三山のピークを踏む、という計画が出来上がった。

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4月27日()


カネコと筆者は昼行バスで富山駅へ行き、ステーションビバーク。お誂え向きの宿泊地があり、快適な夜を過ごす。他の部員はサイトウさんの車で宇奈月温泉へ。

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4月28日()




宇奈月温泉の手前の駅でサイトウさんたちと合流。筆者にとっては去年の年末合宿以来1年ぶりの宇奈月温泉である。宇奈月温泉駅から黒部峡谷トロッコ鉄道に乗り込み、新緑の黒部峡谷の風を浴びながら終点笹平駅まで。

いざ出発、と9日分の食糧の入ったザックを背負う。その瞬間、筆者のマカルーが「ブチッ」という音を立て、肩にかかるザックの荷重バランスが崩れる。ザックのショルダーベルトが切れた…。スリングで応急処置をして出発するも、なんとなく具合が悪い。幸先の悪いスタートである。

800mまでは鉄塔をつないで進んでいく。関電の方が道を作っていくださっているおかげでスイスイ進む。ここは比良かと錯覚してしまうほど歩きやすい道だった。

それ以降は、藪漕ぎになる。下部は雪が無いためひたすら藪漕ぎである。初日は覚悟していたため何ら驚きはなかった。今日の行程さえ終われば雪が出てきて、藪漕ぎから解放されるはず…。そう思って黙々と漕ぐ(この合宿の全日程で思い続けることになる)

1200mで雪をつなげて歩くことができるようになってきた。安堵する。カネコとキタノの調子が悪そうなので、今日はここで泊まることに。文登研直伝のビーコン捜索を伝授して、本日の行動は終了。

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4月29日()


今日からは快適な雪歩きができると思いウキウキ。突坂尾根の核心は昨日の藪漕ぎだと思っていた。しかし、突坂山を越えたところで、再び藪が出現する。しかも昨日の藪よりも格段に濃密なものだ。薄い尾根にびっしり藪が生い茂っている。袖を捲らないと暑いが、袖を捲ると腕が傷だらけになってしまうというジレンマ。結局全員腕を傷だらけにしながら、進んでいく。アイゼンを藪に持ってかれそうになる部員も続出した。読図にも手間取り散々な気分になる。

藪セクションを突破したと思って雪の上をノロノロと歩いていると、再び藪が現れる。この日はその繰り返しだった。ある程度予想はしていたが、ここまで雪が少ないとは…。つらい。

キタノの体調が引き続き優れないようなので、この日は猫又山手前1500m地点で宿泊。

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4月30日()


ここまでくると流石に藪も少なくなって、快適な雪歩きが多くなってきた。藪がないとなんと順調なペースで進むことだろう。27日と28日の二倍以上のペースで進んでいく。

それでも、頻度は減ったが藪は出てきてその度に削られる。

途中、重荷を背負っての藪漕ぎで、カネコが膝を痛めたようなのでカネコの分の団体装備を他の部員で分配する。

全員疲労を抱えながらも、なんとかこの日の目標の白馬岳頂上宿舎まで到達する。そこから筆者だけ白馬岳のピークを踏むために空身で出発。他の部員も誘ったのだが疲れてしまっているようだ。突坂尾根完登。

頂上宿舎では偶然にも京大山岳部さんも宿泊しており、挨拶を交わした。

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5月1日()


この日は白馬岳頂上宿舎~杓子岳~双子尾根~樺平の行程のはずだったが、+白馬鑓ヶ岳北稜~杓子岳~双子尾根~樺平が追加されることになる。

5月2日の午後から天気が崩れる予報。ただでさえ、杓子岳から見た白馬鑓ヶ岳北稜は雪が少なかった。一回荒れて、それが雨だった場合、登攀はより困難なものになるだろう。ほとんど藪漕ぎになってしまうような。白馬鑓ヶ岳北稜をどのタイミングで登るか、はたまた諦めるか、悩んだ。しかも、サイトウさんは少し体調が優れないらしい……。

最終的に、沈殿してでも登攀を試みるという決断を下した。

なんとか登攀したい旨をサイさんに伝えて、相談した結果、途中で泊まる前提のもと今日出発して、2日の午前中、天気が崩れる前には帰ってくる、というプランを組んだ。サイトウさんの体調と相談しつつ、無理そうだったら引き返す。

10:00、樺平から、出発。取り付きからバーティカル藪漕ぎを強いられる。雪がついていたら快適なダブルアックスだっただろうなあ、と思いながら頑張って漕ぐ。しかし、ペースは悪くない。標高を上げるにつれ徐々に雪をつないで登ることができるようになってくる。時々怖い箇所が出てきたがロープを出すほどでもない。ちなみにサイトウさんの体調は登攀を始めて2時間ほどで完治したらしい。

中間地点の「軍艦ピーク」には出発してから三時間ほどで到着。このペースで行けば、19:00には樺平へ戻ることができそうだ。俄然やる気が出てきた。軍艦ピークから先は、危険な箇所も少なく、ほとんど藪漕ぎも出てこなかった。ただただ頑張って標高を上げる。

16:00白馬鑓ヶ岳山頂。ワンデイで樺平へ帰れることを確信する。

18:30樺平。テントキーパーを任せていた二回生も驚いていた。我々もこんなにはやく帰ってこれるとは思わなかった。

この日はなぜか血便がでた。

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5月2日()


この日は猿倉まで下るだけである。朝は少しゆっくり起きて、のんびり準備する。天気が崩れる前に猿倉に着ければよい。

この日もやはり、藪漕ぎが出てきた。これで今回の合宿では全日程で藪漕ぎをしたことになる。もうやりたくない。さすがに。

11:30猿倉着。バスの運転手さんが少し待っててくださった陰で、何とか滑り込む。

座席についてふと香ってきた自分の体臭に思わず顔をしかめた.。


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合宿を終えて


サイトウさんの力は大きかったが、この強度の合宿を部員全員でこなせたことは素直に嬉しい。30kg近いザックを背負って、連日猛烈な藪漕ぎが続く合宿だった。後輩君達はよく頑張ってくれたと思う。
白馬鑓ヶ岳北稜では、サイトウさんの実力にはまだ敵わないことを実感した。特にルーファイ力と度胸では、まだまだ遠く及ばない。精進しなくては。
サイトウさんには心からお礼を申し上げたい。こんな藪漕ぎだらけの不愉快な合宿についてきてくださり、本当にありがとうございました。




(突坂尾根の藪漕ぎ)


                (白馬鎗ヶ岳北稜)



(白馬鎗ヶ岳北稜)