2021年1月20日水曜日

初猟

1/16 大田原

1/17 在自山


仲間の獲物を解体をしながら、自分の中で命が陳腐化していくのを自己観察していた。

大型哺乳類として生命体だったもの、というよりは、物体として認識していた。

他人事だった。

クライミングシューズで氷柱を登ろうとしているような、全く見当違いのアプローチをしている気がしてならない。

こんなんじゃだめだ。






2021年1月10日日曜日

ステキな黒部横断〜Gyu Gyu グッデイ!〜

 幸せな夢を見る。

それは初恋の女の子と青空の下お花畑でじゃれあうような夢。

背中の違和感と足元に寒さを感じ、糸が切れるように、花びらが落ちるように、アブラゼミが鳴き止むように、目が覚めた。

シュラフやウェアは概してヌメヌメに濡れており、シュラフカバーはゴチゴチに凍っている。安いエアマットの寝心地と断熱性はあまり良くなく、慢性的に冷たい。

目の前には月に照らされて少しだけ透けているテントの黄色い膜状の天井。

風は強く吹いており、外張りだけでなくテントそのものも激しく揺さぶる。

ああ、そうだ、ここは黒部だった。

感じるのは、黒くて重たい絶望を孕んだ不安というよりは、諦観。

どうやってもこうやってしか生きれないんだよなあ、という自分自身への呆れ。

どうなっちゃうんだ、これ

電波は入らないので、数日前の予報を頼りに行動するしかない状況であり、その予報はかなり悪い。

ラジオはビビらせることしか言わない。

悪天が少しでも緩んだ場合のチャンスを掴むために、起きては外を偵察して、また諦めてテントに戻ってを繰り返す。

あーあ、帰省してる妹ちゃんと一緒に寝正月の選択肢もあったのになあ

全ボッカでほぼ全日行動し、入山日数が2桁近くなるとお腹は常に減っている。そういえば、寝床に入る前にラジオで今年は寒ブリが豊漁だのと言っていた。

頭カユイし寒ブリ食いてえ

雪は降り続く。そして、テント脇にたまってゆき2時間もすれば明確にテント内の居住空間を圧迫してくる。

次の除雪当番俺だっけ?

除雪は死ぬほど面倒くさい。

寝ぼけ眼をこすりつつ外へ出る準備をしてテントから首を出すと容赦ない風雪が何の脈絡もなく唐突に顔面を打ちつけてくる。

さっきまでシュラフの中で唯一絶対の安寧にあずかっていたのに、である。

それはもはやダルビッシュ有に冷たい砂を顔面に向けて絶えず投げつけられているのと同じ状態と言え、暴力的と言わざるを得ない。

除雪の度に思う。

人間の理性ってすげぇな、と。

石橋を叩いて渡る奴が笑われるなら、大陸を叩いて移動するやつは笑われるだろうか。

今日までと同じように明日からも頑張れるだろうか。

思考を止めたい。

ぐっすり眠りたい。

幸せだった夢の世界に戻って彷徨っていたい。

しかし、不満ではない。

充満しているからだ。

心から思う。

宇宙の中の、今、ここ、ど真ん中。

選択の果ての、充満する不満のなかに仄かに灯る、そこにしか宿らない神秘があることを。

それは決して言葉に表すことは出来ないし、触れることは永遠にかなわないが、感じる。

それを感じてしまう限り、惹かれ続けるのだろう。

さて、明日も早い。

目を閉じて、意識を思考を沈降させ、川辺に笹舟をそっと浮かべるように、あの歌を脳内に流す。

芦田愛菜『ステキな日曜日〜Gyu Gyu グッデイ!〜』(2011)

屏風尾根でのネバーエンディング空荷ラッセル、赤沢岳稜線での暴風、赤沢岳北西尾根でのルーファイミスからの登り返し、黒部別山南尾根2段岩峰のひたすら続く悪い登攀と過酷な荷上げ、真砂岳真砂尾根での雪崩に怯えながらの登高、そして、今

苦しみは苦しみのまま苦しみとして享受したい。

でも時にその考えに縛られて自由でなくなることがある。

そんな時、この歌は与えてくれる。

圧倒的な希望の奔流を。

絶対的な赦しを。

俺は何も考えずただそれに身を委ねれば良い。

聴き終える頃には、思わず、笑っちまう。



2020/12/26-2021/1/7

ワダ、シオガイ、スミ

扇沢〜赤沢岳屏風尾根〜赤沢岳北西尾根〜黒部別山南尾根〜真砂岳真砂尾根〜真砂岳大走〜立山駅

12/26

『入山』

扇沢〜赤沢岳屏風尾根2206m付近


屏風尾根取りつきから全開で空荷ラッセルに勤しむ。
そして、早速初日から全員ラッセルに最適化されたラッセルゾンビ(※)と化す。
休憩もろくに取らずに進み続けた。

※ラッセルゾンビとは絶え間ない空荷ラッセルの最中、表情が消え思考も停止し目は虚ろになり口は半開きで何も喋らなくなる状態のこと。


12/27

『後立山越え』

赤沢岳屏風尾根〜黒部川のほとり

雪のち曇りときどき晴れ




赤沢岳稜線は風が強め。
この日は天気が良く、赤沢岳北西尾根から黒部別山とこれから登る南尾根を眺望することができた。
黒部別山ってロマンですねぇ。


12/28

『初めまして。良かったら郵便番号を教えてもらえませんか?』

黒部川のほとり〜黒部別山南尾根P7付近(1700m付近?)

曇りときどき晴れ









ダムのすぐ下流ということで、2回行った渡渉はそれぞれ飛び石とスノーブリッジで比較的容易に突破。
東側から取りつき、下部を空荷ラッセルで突破して尾根上へ。
草付きトラバース、スコップ除雪、危ない雪稜、危ない雪壁、など、序盤からバリエーション豊かな登攀が続き4-5pロープを出す。
特に雪壁のピッチは雪崩れないわけがない斜面なので、慎重な行動が必要とされる。
やがてある疑惑が首をもたげ始める。
黒部別山南尾根って想定以上に悪いんじゃないか疑惑である。
それはそうとして、登っていると向かって左手に丸山東壁、右手に大タテガビン南東壁が聳えており、その凄まじいロケーションに身震いすら覚える。
バックの赤沢岳西尾根もギザギザでいい味を出していてなんとも良い。
先人たちが命を躍動させてきたそれらの岩壁は、触れたらタダでは済まないような、でも、同時に体一つで岩壁に張り付いて岩壁と一体化したいような、そんな気持ちを私に励起させる。
例えるならそれは、気になる女の子に開口一番で郵便番号を尋ねたくなってしまう心境に近いかもしれない。

12/29

『南尾根ってこんなに悪いんですね』

黒部別山南尾根P7(1700m)付近〜黒部別山南尾根P5付近

晴れときどき曇り










南尾根、結構悪いっす。
噂の2段岩峰における2p目は、かなりボロい積み木状岩壁を処理した後に都合最後の乗越のために灌木へのランジを決めなくてはならずヒヤヒヤした。
その後もずっと危なくて先行き不透明な状況が連続するのでひたすらロープを出す必要があった。
コンテも交えたが、恐らく10p以上出したのではないか。
とはいえ、この日は天気が良く、登攀に集中できたのは大変有り難かった。
この日以降最後の2日間まで絶え間なく風雪にさらされることとなる。

12/30

『南尾根は、終わらねェ!!』

黒部別山南尾根P5付近〜黒部別山南尾根P2-P1のコル

吹雪





命を守る行動としてロープを結構出していたので、ジリジリとしか進めない。
前日の29日よりも岩の要素が減り雪の処理が増え、大切戸、小切戸の懸垂下降をした。
どこかの記録に大切戸の下降が核心と書かれていたが、全然そうでもないように感じた。
大切戸の下降のような藪の濃い懸垂下降は、ロープ回収を確実にするために短くピッチを切るのが大事ですね。



12/31

『南尾根のオワリ』

黒部別山南尾根P2-P1のコル〜ハシゴ谷乗越

吹雪


P1を抜けるまでしっかりロープが必要だった。
黒部別山南尾根、手強い良い尾根でした。
その後はひたすらラッセルしてハシゴ谷乗越まで進んだ。
多少吹雪いていたものの視界は悪くなかったので助かった。
本来の計画であれば、ハシゴ谷乗越から八ツ峰へ行くはずだったが、天候と積雪を考慮すると明確に論外なコンディションなので、真砂岳真砂尾根から剱岳を目指す方向へ。

1/1

『停滞』

ハシゴ谷乗越

吹雪

一度は出発を試みるも、外に出て実感する、流石にこれはねーわ感。

風雪ともにかなり強く、視界もない。

入山してから休みなく毎日フル稼働していたこともあり、停滞をキメる。


1/2

『ラッセルゾンビ再誕』

ハシゴ谷乗越〜真砂岳真砂尾根2400m付近

吹雪







ひたすら空荷ラッセルを繰り返す。
みんな、いい顔してるね!


1/3

『尾根上だけどアブナイ』

真砂岳真砂尾根2400m付近〜内蔵助山荘

吹雪








真砂尾根上部では雪崩リスクのある地形が割と頻繁に出現した。
連日の降雪で積雪が不安定なので、ロープを積極的に出した。
この日は2600mを超えたあたりから重度のホワイトアウトにハマったこともあり、尾根筋にも関わらず進行方向がままならないこともあるくらい手こずることがあった。


1/4

『白い闇』

内蔵助山荘

吹雪

何とか稜線に出るもかなりの風雪。
何より視界が無い。
地面と空との境目が全くわからず、まさに白い闇、白い宇宙空間。
歩くと上下感覚すら危うくなる。
無理。



1/5

『吹雪決行』

内蔵助山荘〜天狗平

吹雪







12/31以降、丸山中央山稜に阻まれて電波が入らない。
ラジオでの断片的かつ大雑把な予報では7日に爆弾低気圧が来るらしく、それまでになんとか安全圏に抜けないといよいよどハマる可能性が高くなってきそうだ。
そうかと言って、7日までも昨日のコンディションから殊更に良くなることもないらしい。
31日に取得した情報とも総合して考えた結果、剱岳の山頂は諦め、真砂岳大走から立山駅へエスケープを試みることにした。

夜明け前に一度アタックを試みて、敗退。
その後、夜明けと同時に再アタック。
前日と変わらない暴風雪とホワイトアウトのコンディションだったが、なりふり構わずにGPSを駆使して頑張る。
途中シオガイさんがスーパーヒトシ君のボッシュートよろしく雪庇を踏み抜いて垂直落下するも、ワダさんが制動。
このワダさんの制動を見たら流石の草野仁もクリスタルスーパーヒトシ君を進呈せざるを得なかっただろう。

今回の黒部横断の最高到達地点である真砂岳(2861m)を踏み、大走を下った。
大走での最大の懸念事項であった雪崩は、西面ということもあり雪が風で飛ばされたり叩かれたりしていてかなり安定していて、幸いにもリスクはかなり低い状態だった。

終始視界がなく、かなり神経をすり減らした下降だった。
GPSってマジでスゲェ。


1/6

『なんで晴れてんの?』

天狗平〜大観台

晴れときどき曇り













なんか晴れた。

1/7

『下山』

大観台〜立山駅

晴れときどき曇り

4kg痩せた。